学長の部屋|ブログ|― 街道を歩く

投稿者:西日本工業大学 第11代学長 片山憲一

 


 

■Vol.40 2021年4月29日更新

街道を歩く

小倉キャンパスの近くに長崎街道の起点として有名な常盤橋があります。長崎街道は57里(約228km)ほどの街道で途中25か所の宿場がありました。江戸時代の人は健脚で平地なら1日に10里(約40km)を歩いたそうで1週間の道のりでした。ルートは黒崎までが国道3号、黒崎から国道200号沿いに南下、鳥栖から長崎まではほぼ国道34号に並行しています。

健康に良いと始めたウォーキングのバリエーションとして長崎街道歩きを思いつきました。まず常盤橋から黒崎宿までの約13km、次週に黒崎から木屋瀬宿までの約20kmを歩いてみて、1日の歩行距離が当時の半分の20km程度なら歩き通せる実感を得ました。そこで気候が良い季節の休日、日帰りを前提に前回歩き終えた地点からまた歩き始める方法で長崎を目指すことにしました。

ところが、次の飯塚宿までの約24kmになると土地勘がなく迷子になったり歩道や日陰のない道を延々歩いたりで、トイレ休憩やどこで昼食をとるか下調べしておくことの大切さを思い知らされました。以後、街道が途切れている箇所や目印となる建物、行き帰りの電車の時間などをインターネットで事前に調べて地図に書き込み持ち歩くようになりました。

思い出深いのは冷水峠や日見峠などの峠越えです。峠道には並木や石畳などの面影が色濃く残っていて歩きながら当時を想像します。精根尽き果てて峠に着いたときの達成感もなんとも言えません。平地でも旧家や道祖神を見つけたり、珍しい野鳥に出会ったりしますし、道に迷ったことさえ思い出に残ります。

佐賀の武雄宿から先は鉄道の便が悪く日帰りが困難になり、近くの中津街道や唐津街道、萩往還などに行程変更していましたが、街で見かけた高速バス「出島号」を使えば日帰りが可能なことを発見して、昨秋ようやく長崎まで完歩しました。要した日数は13日、足掛け3年かかりました。

おばせキャンパス近くにも中津街道があります。休日は、コロナ禍でも可能な「街道歩き」でスマホ脳を解放してみませんか。


 


 

■Vol.39 2021年4月14日更新

未来人材を活かす社会

日経ビジネス4月9日号の3つの記事を読んで、前回に続き能力を活かせない日本のサラリーマン社会について考えさせられました。

まず、平成の30年間に日本企業がいかに凋落したかを示す世界企業の株式総額トップ15の比較表が掲載された記事です。平成元年に11社あった日本企業が平成31年にはゼロになったことを示し、その理由を「起業の少なさやITの弱さ」に加えて伝統企業が変われなかったことも大きな原因と述べています。実際、外国の伝統企業5社(ロイヤル・ダッチ・シェル、ジョンソン・エンド・ジョンソン、エクソン・モービル、ウォルマート、ネスレ)はランクインしています。記事では日本は入り口で多様性を否定する「おっさん力学」と「エビデンスの過剰信仰」がはびこり過剰な計画、過剰な分析、過剰な法令順守を求める企業風土となり発想の転換が必要な社員の改革余力を奪っているとの指摘です。

次の記事は、缶詰のへこみも許さず、曲がったキュウリは買わないという「顧客」と顧客本位で「不良品を無くせ、ラインナップを増やせ」などの要求を乱発する「上司」という二神の存在が日本の生産性向上を妨げているというのです。中身は同じ、不良品は交換すればOKという海外の常識を少しでも適用できれば無駄な残業は減り生産性は向上するという論調です。

最後は、新しい治療法など医療を作る人は医師の1~2割で残りの患者に寄り添う医者のかなりは今後AIにとってかわられ人材ロスが生じるだろうという記事です。日本では優秀な学生の多くが医学部に進学しますが、入学した人は進路変更が困難な実態を示し、その人材が例えば防災分野で活躍すれば10万人単位で人命を救える可能性があると主張しています。

いずれも多様な人材の登用と人材が能力を発揮できる機動的・流動的な社会を実現できれば解決する課題で、地球の限界を見える化し過去のしがらみを強制的に排除しつつあるコロナ禍は案外、日本企業が変身できる絶好のチャンスに見えてきました。そのためには自ら考え行動できる人材の育成が不可欠です。
 


 

■Vol.38 2021年4月1日更新

ポストコロナ時代の地方を考える

卒業式が終わり、18歳と22歳の多くの若者が住み慣れた故郷を後にして首都圏に移動する季節です。福岡県内の高校生の県外進学率は約35%で進学先のトップは東京都です。また、北九州市内の大学生の25%が卒業後、首都圏に就職しています。首都圏は大学や職業の選択肢が多くあり、給与水準が高く、文化やスポーツへのアクセスも容易で全国から多くの若者を引き寄せています。

一方、今回のコロナ禍でデジタル化が加速、テレワークの進展とともに本社やオフィスの一部を地方に移す企業が現れるなど、どこにいても仕事が出来る環境が整ってきたのも事実です。また、情報通信技術の発達とともにスマホの機能が向上し辞書・辞典はもとよりゲーム、音楽・映画鑑賞からオンライン授業まで多くの価値を引き出す魔法の箱として地方在住者の満足度、幸福感を上げることに貢献しています。

ものづくりで成長してきた日本はグローバル化の進展とともに経済の低迷が続き、この四半世紀、中間層の所得は減少しています。人口減少が続く日本が先進国として生き残るには生産性の向上が不可欠と言われています。このような中で俄かにテレワークを活用した企業の地方立地がクローズアップされてきました。地方は自然が豊かで住居費が安く職住近接で時間を有効に使えるなど生活がしやすく多様なライフスタイルを実現できるからです。

この視点を活かして地方の企業立地を具現化するには首都圏と比較して実際に生産性が向上することや労働者の満足度が高くなることを示す指標が必要です。これには住居費やゆとり時間の数値化、教育や文化などへのオンラインアクセスでの満足度に加え、東京か地方かという二者択一ではなく片方に拠点を置いて行き来するなども選択肢にする柔軟な発想が重要です。まだ具体案はないのですが地方にチーム拠点があるJリーグや有力なIT企業の本社が多数集まるシアトル都市圏にヒントがあると考えています。大学の力量が試されています。

 


 

■Vol.37 2021年3月19日更新

「ちくらす」の取組で見えてきた「木」の可能性

3月14日(日)午後、小倉キャンパスで開催された「2020ちくらすシンポジウム」に参加しました。「ちくらす」で検索すると「京築のヒノキと暮らすプロジェクト」と出てきます。京築は福岡県京都郡と築上郡とを合わせた地域のことで良質なヒノキ材を産出するのですが、安価な外材に押されたり、建築工法が変わったりして森林が荒廃しはじめていました。そこで2015年から京築地区森林林業推進協議会(2市5町、森林組合、県、森林管理署)と大学とが連携して森林資源の新たな利用方法を考える活動を行っています。

今回は「仕事を伝える木のおもちゃ」の提案がテーマでした。ヒノキ材からは高い抗菌作用を持つテルペン系のフィトンチッドが出ており、例えば生ものを扱うお寿司屋さんのカウンターにはヒノキの1枚板が使われています。抗菌効果以外にも (1)丈夫で長持ち (2)壊れても直せる (3)適度な重さがある (4)作りが単純なため遊びが広がるなど、細かい加工が不要な幼児のおもちゃには木が断然よいと考えられています。

ところで、国は2009年に2020年の木材自給率を50%にするという目標を掲げ資源の有効活用や地球環境の観点から国産材の利用拡大に取組んでいます。まだ目標に達していませんが、自給率が最低だった2006年の18.8%から2019年には37.8%まで上昇しました。戦後植林された多くの木々が概ね50年生以上になりつつあり利活用可能期に入っています。

一方林業においても航空レーザー計測による立木や地形把握、森林GIS(地理情報システム)などが導入されICTが活躍する時代を迎えています。また、木材の弱点を補うCLT*の研究や難燃加工など工学分野の研究も格段に進んでいます。森林が国土の3分の2を占める日本、カーボンフリーにも寄与する木材の可能性を考えさせられたシンポジウムでした。

本学では木材建築の可能性を学生に伝えるため、4月から寄贈を受けた法隆寺の精密模型を小倉キャンパスに展示することにしています。

*CLTとはCross Laminated Timber の略称で、ひき板を繊維方向が直行するように積層し接着剤で圧着した木質材料。高強度で収縮変形が少なく、建築の構造材(中高層ビルも建築可能)のほか土木用材、家具などにも用いられる。

 


 

■Vol.36 2021年3月5日更新

製造業のサービス産業化

グローバル化の進展で多くのモノが汎用品化し価値を創造する主体が製造業からデジタル産業へ移行しています。製造業に比較優位があった日本はモノづくりにこだわり経済が低迷しています。一方、知的財産やソフトウェア、データベースなどの無形資産に投資を続けてきた米国はコロナ禍にあってもGAFAなどの巨大IT企業がいずれも過去最高の利益を上げています。

モノづくり技術者を育成してきた工業系大学としては、昨今、地球環境や資源の限界を意識してSDGs的視点で自然エネルギーの導入や長持ちさせることを具現化する設備保全技術などの視点を第一に考えてきました。これからは製造業の収益性を製品の機能的な価値ではなく、製品を使用する際に生じる体験価値や使用価値を提供して価値や収益性を高める、「製造業のサービス産業化」という工学では意識しなかった視点も必要と考えています。

セオドア・レビット博士は、顧客はモノに価値があるから買うのではなく、モノを消費して価値が生まれるとして「ドリルを買う客が欲しいのはドリルではなく穴である」と言っています。

このような文脈でトヨタはモビリティ・サービスを掲げています。車が通信機械になり、調子が悪くなったり故障したりしてもトヨタスマートセンターが遠隔診断してくれますし、カーナビの更新も自動です。将来は契約者が乗りたい時に店の人が自宅に運んできてくれるサブスクリプションの車が主流になるでしょう。車は常に販売店にあり、駐車場料金もかからないし整備も済ませてくれます。サービス料が駐車場料金等より安くなれば成り立ちます。

いま日本の製造業が直面しているのは、新しい技術に立脚したサービスの価値観の転換と、その技術に対する知識の習得です。トヨタの実験都市「ウーブン・シティ(編まれた都市)」もその流れにあります。工学系大学でもデジタル時代に対応したマーケティングやデータサイエンス等これからのビジネスに必要な知識が必須と考えています。

*GAFA:IT企業4社、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンのこと
*サブスクリプション:所定の料金を支払うことで商品やサービスを一定期間自由に利用する権利を得られる仕組み

 


 

■Vol.35 2021年2月22日更新

八幡駅前国際通りのバナーフラッグ

八幡駅に下り立つと50m幅の八幡駅前通りのパースペクティブに街路樹のけやきと皿倉山が一気に飛び込んできます。八幡駅前周辺は1945年8月の八幡大空襲の戦災復興事業に取り組んだ初代公選市長守田道隆さんの思いが形になった街区です。守田さんは東京市で関東大震災後の帝都復興事業に携わった後、第6代官選市長図師兼弐氏に招聘され1929年に八幡市土木課長に就き、黒崎駅前区画整理事業などに携わった後、長野県に転出しますが八幡の魅力が忘れられず、製鐵所の技師として戻ってくるほど八幡を愛した人でした。

現在八幡駅周辺は製鐵所の縮小・整理と共に人口減少や高齢化が進んでいますが、日本経済を牽引していた時代の匂いを感じる建築物もあり、地方都市には不釣り合いなスケールの街区に大学や国際機関、音楽ホールなどが立地する北九州市でも屈指の垢ぬけた落ち着いた空間になっています。

この八幡駅前通りに街の賑わいや新たなコミュニテイーづくりに取り組む地域連携団体のKEYAKI  TERRACE  YAHATA(以後KTY)があります。今回、KTYと本学建築学科水野貴博研究室の学生とが共同で、八幡駅前のブランディングや街に愛着を持ってもらうためのバナーフラッグづくりに取り組みました。建築史が専門の水野先生の指導の下、学生たちが八幡の歴史や建造物について調査・研究し八幡の近・現代史の画期を彩った当時の街の風景を切り出してデザインし16枚のバナーに仕上げました。そのクォリティの高さに感激、早速界隈を歩きに行きました。到るところで歴史の風景を感じられるだけではなく、自然や文化・スポーツ施設、ビストロなども身近にあり、多様なライフスタイルを実現できる街としての魅力を再発見しました。

また、ポストコロナのテレワーク時代の受け皿に最適な街だと確信し、工学とデザインとを融合させて地域の活性化に貢献することを標榜する本学で、今後どの様なお手伝いが出来るのかワクワクさせるプロジェクトでした。

 

JR八幡駅前「街頭バナー」デザインプロジェクトについて

 

■水野研究室の学生がデザインした16種類のバナー

5_1014.jpg

 


 

■Vol.34 2021年2月8日更新

アンデシュ・ハンセン著「スマホ脳」(新潮新書)を読んで

この本は、「人間の脳はデジタル社会に適応していない」ことを論じたものです。

人類は食糧確保と生存が至上命題であった狩猟採集時代を約10万年続け、約1万年前にやっと農耕を始め食料確保から解放されました。ほんの250年前に始まった産業革命で生産性が飛躍的に伸びて都市化が進み、30年前にインターネットが登場して生活環境が激変する現代になったのです。「生き残る」ことを第一に10万年以上かけて進化してきた人間の身体や脳がデジタル時代のスピードに追い付いていないことがスマホ依存症を増やして、うつ病患者を激増させるなどの問題を引き起こしているというのです。

スマホは今回のコロナ禍でも非接触型社会のライフラインになるなど良い面も多くあるのですが、SNSやゲーム機能の中に周到に組み込まれた仕掛けが報酬系のドーパミンの分泌を促して脳を心地良くさせスマホ依存症を増やしていると主張します。それは、広告収入や儲けを第一に考えて便利なサービスを提供する企業や悪意を持ってフェイクニュースなどを拡散させる確信犯がいるからと述べています。

スマホ依存症になると運動不足や睡眠不足を招くとともに、スマホが気になって集中力がなくなり学習能力を低下させると指摘します。筆者はそれでもなお文明の利器自体が有害なのではなく使い方や使われ方が問題だと主張し、依存症にならないようにうまく使いこなすべきという問題提起と依存症にならないためのアドヴァイスを読者に送って筆を置きます。

本学では令和3年度から国の「AI戦略2019」の一環としてITリテラシーやデータサイエンスのカリキュラムを始めます。その中でスマホなどのデジタル機器の利点や弊害を伝え依存症から身を守る使い方の学びに力を入れたいと考えています。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」(論語/孔子)という言葉の意味や運動、睡眠の大切さを理解できる学生が増えてくれることを願っています。

 


 

■Vol.33 2021年1月21日更新

時間を超えて考える

高水裕一著「時間は逆戻りするのか」(講談社ブルーバックス)を読みました。時間は過去から未来に向けて不可逆的に流れているのか?という疑問に対して「時間の矢」という言葉をつかって相対性理論や量子力学、宇宙論などと時間の流れを結びつけ、重力や速度によって時間の進み方が変化することなどを平易な言葉で解説していきます。仮説段階の理論もありましたが「人間の脳がつじつま合わせに因果関係を捏造して時間を創り出しているのかもしれない」と感じ、理論上は時間が逆戻りすることもありうると考えさせてくれた本でした。「物理って意外に面白い、今後が楽しみ!」というのが読後感です。

同時期に高木のぶ子著「小説伊勢物語 業平」(日本経済新聞出版)も読みました。和歌を集めた伊勢物語の現代語訳ではなく、作者が原本の和歌を時系列で並べ替え、光源氏のモデルになったとも言われる主人公在原業平の和歌を通じて業平本人の魅力や平安時代の権力構造、風俗を生き生きと再現しています。一般的に歴史は誰かの「目」を通して書き残されており「いつどこで誰が何をしたか」は信じられますが「なぜ?どのように?」という点は疑問だらけです。良くある陰謀説なども時間を逆戻りできないことから確かめようがありません。この小説からは歴史データだけではなく、なぜ、どのようにして起こったか?という背景を考えることが「歴史に学ぶこと」なのだと感じました。

二つの本を読んで、コロナ禍を克服した未来の読者が「現代」を振り返ったとき、何か学ぶものはあるのか考えさせられました。例えば成長・拡大一辺倒の考え方がSDGsなど人間中心の考えに変わったとか非接触型社会が登場した時代とか。考えているうちに時間を逆戻りする方法を見つけた未来人から「科学と歴史を学んで、自分たちの未来社会からバックキャスティングして今何をしなければならないか真剣に考えなさい」と言われているような気がしてきました。

 


 

■Vol.32 2021年1月5日更新

「不要不急」から見えたもの

明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い致します。今年のお正月は「不要不急の外出自粛」を守り、初詣にも行かず家で過ごしました。テレビで帰省する人が減り空港や駅が閑散としている様子が取り上げられる一方、飲食店や交通事業者、観光業者の事業継続が出来ないという悲鳴も報道されました。不要不急な外出を少し自粛しただけで経済が回らなくなる現代社会の実態が明らかになりました。

佐伯啓思京大名誉教授は朝日新聞(2020/12/26)の異論のススメで「人を動物から区別するのは、ただ生存のための食糧の確保ではなく、『文化』という無駄なものを生み出し、そのために過剰なエネルギーを投入する点にこそある。~今日、芸術も、科学も、エンターテイメントもすべて同じ経済原理の下に置かれてしまった。『不要不急』と『必要』は地続きになってしまい、あらゆる種類の『文化』が『経済』に従属することになった。」また、不要不急を考える中で「『必要なもの』と『不必要なもの』の間に『大事なもの』があることを知った。」と語り、大事なものは「信頼できる人間関係、安心できる場所、地域の生活空間、なじみの店、医療や介護の体制、公共交通、大切な書物や音楽、安心できる街路、四季の風景、澄んだ大気、大切な思い出。これらは市場で取引され、利潤原理で評価できるものではない」とも述べています。

この論説を読んで、大事なものを見逃していたのは人間の本能で、脳の負担が少ない「二者択一思考」をすることが関係していると感じました。不要不急なことも損か得かだけで考え、白黒を判断していた現実です。

コロナ禍で頻出した「不要不急」という言葉は、成長し続けることが「善」ではないという当たり前のことを思い出させ、物事を経済的側面のみならずSDGsなど多面的に見て、大事なものを見失わない判断をすることがいかに大切かを改めて教えてくれました。

 


 

■Vol.31 2020年12月18日更新

未来について考えさせられた1年

今年はコロナ禍の豪雨災害など複数のイベントリスクが現実となり、日本の未来について考え続けた1年になりました。コロナ禍、「密」を避けるテレワークやオンライン授業が導入されどこにいても仕事や学習が出来ることを実感、人々の往来が減少しました。同時に、社会生活に必要不可欠な仕事をしているエッセンシャルワーカーの存在や待遇が低いことが再認識されました。テレワークを通じてジョブ型雇用がクローズアップされ終身雇用の見直しや副業を解禁する動きが出てきました。

日本工学アカデミー会長の小林喜光氏はコロナ禍の現状を『茹でガエル』の前に蛇が現れ社会を大きく変えようとしていると表現しています。失われた30年、資源が少なく少子高齢化が続く日本は新たな産業の芽を育てないと未来はないと誰もが感じていたはずです。政府はこれまでAIやIoTの進展にも関わらず「はんこ行政」を続けてきましたが、今回デジタル化の推進へ一気に舵を切り、2050年に温室効果ガスの排出を実質ゼロにする目標も打ち出しました。コロナ禍が時の流れを加速し「日本の未来」という現実を突きつけたからです。小林さんは現状を打破するにはクロスボーダーの考えが重要で国や学問領域は勿論、産・学・官を越えた共創、協働が必要とも訴えておられます。

このことは「モノ(物質)」から「コト(情報)」へ、「作り手」から「使い手」へ、「勘」から「データ」へといった二項で発想する時代から社会性や公益性、環境にやさしいかなど第3軸となる新たな視点を入れた対話から生まれる「人間の快適さを実現する価値」が評価される時代を予感させます。例えば医療で言うとエビデンスに基づいたお医者さんの処方箋に患者の感じ方や思いも加えて新たな治療法を創造するイメージです。

ポストコロナ時代にはAI対応の「データ」と持続可能を意識する「教養」の複眼思考に加え対話を通じて人の思いが分かる人材が必要になることに気づいた1年でした。

 

お正月に読んで欲しい本:「コロナ後の世界を生きる―私たちの提言」村上洋一郎編(岩波新書)。各界の専門家がいろいろな視点で語っています。興味あるところを見つけ掘り下げて考えてみましょう。

 


 

■Vol.30 2020年12月2日更新

身近に感じるSDGs(持続可能な開発目標)

パンデミック下でも、皇帝ダリアに続いて山茶花が咲き冬の到来を告げています。アフリカや中東では異常発生したサバクトビバッタが国境を越えて移動し農作物を食い荒らしています。国連食糧農業機関(FAO)によると何千万人という人が食糧危機に直面しているそうです。なんでも増えすぎると環境が変化するだけでなく、種々のひずみが出るものです。

そのような観点で人類を見ると1960年に30億人と言われた世界人口が2000年には60億人を突破し今年は77億人を超えたと言われています。国連では2050年に97億人になるとも予測しています。人類はバッタ以上に食料を必要としエネルギー資源も使うので世界的気候変動などが頻発するのは当然の帰結です。食料やエネルギーは国境を越えて裕福な国に移動しています。世界の人々の飢えを救うための食糧は年間320万トンと言われていますが、日本だけでも食品ロスは年間約612万トン/年(2017)もあるのです。このような事実を目の当たりにして、2015年に国連サミットで持続可能なより良い世界を目指して2030年までに取り組む世界目標として定められたのがSDGsです。貧困や飢餓をなくす視点や健康、働き甲斐、気候変動に至るまで世界が抱える17項目の課題解決目標が包括的に掲げられています。

本学では、学生がSDGsに掲げられた持続可能性について意識をもった上で環境問題やリスクマネジメントを学び、設計段階から製造、廃棄までのサイクルを意識して環境負荷が小さく人に優しい商品づくりや事業に取り組める人材に成長することを目指しています。そこで「本学が目指す『SDGs』への取り組み」を各学科が掲げるとともに教養科目の中でSDGsを取り上げたり土木工学系の講義の中で環境ボランティアを実践したりしています。

学生たちがいつもと変わらぬ自然風景の中にあっても環境が確実に変化していることに気づきSDGsを意識できる若者に育って欲しいと願っています。

 


 

■Vol.29 2020年11月18日更新

コロナ禍の就職活動で感じたこと

コロナ禍、当たり前にあったことが突然無くなる時代になったことを実感しています。就職活動はリアルな企業説明会がなくなり、面接にもオンラインが導入され例年とは全く違った形になりました。また新卒の求人総数は航空業界などを中心に採用が控えられ、昨年より約12万人減少して68万人になりました。急速かつ強制的にデジタル化が進んだことで準備が整わず、学生、企業とも情報が限られる中、結果的に地元企業への就職が増えるなど守りの選択になったと感じています。幸い本学の就職率は11月に入ってほぼ前年並みまで回復し専門性を持った理系人材の求人は減っていない印象です。

変化を感じた点は新型コロナによってテレワークや時間差勤務など柔軟な働き方が求められるようになり、仕事の内容や評価基準を細かく定義して採用するジョブ型雇用が増えてきたことです。採用に当たって「この学生はどんなスキルをどのレベルで身に付けているのか」やそのプロセスが問われるようになっています。またデジタル化やAIの進化とともにホワイトカラーの仕事も変容する時代を迎えています。今後、学生が「どのようなスキルをどのようにして身に付けたのか」を明確に答えられるようコミュニケーション能力をつけて世に送り出すことが大学の最重要課題になってきました。

このような中、昨今の就職活動はその年の景気や社会情勢に左右されています。今年の卒業生が働き盛りを迎える2040年には労働者1.5人で1人の高齢者を支える時代がやってきます。コロナ禍でこれまで隠れていた未来社会の現実が身近に見えてきました。今大学で出来ることは、教養の幅を広げて自ら学ぶ力と思考力を高め、現状をきちんと認識して逆境にも対応できる学生を育てることしかありません。今回の災禍は、社会全体が日本の「未来の姿」をきちんと受け止め、未来を支える若者の就職の在り方を見直すよう警鐘を鳴らしているのではないでしょうか。

 


 

■Vol.28 2020年11月2日更新

コロナ禍の「第53回美夜古祭」に思う

大学に隣接する大熊公園の金木犀の香りが薄れるのを待っていたかのようにジョウビタキの「ヒーヒッ」という鳴き声が聞こえるようになりました。昨日は朝から大学祭準備のためオレンジのつなぎを着た実行委員会の学生たちが学内を忙しく走り回っていました。コロナ禍、開催するかどうか悩んだのですが、31日から二日間、規模を縮小し三密を避けて実施することになりました。

午前11時からの開会式を終え風船が青空に向けて放たれ大学祭が始まりました。企画した学生たちは、模擬店の数を減らしたり、大規模なコンサートをお笑いライブに変更したりして工夫してくれました。そのような中、例年にない企画として工学とデザインの融合という本学のブランドを実践するため学部を越えたイルミネーション企画を目玉に仕立ててくれました。31日は10月2度目の満月です。今年は赤く輝く火星も月に寄り添って晴れた夜空に輝きイルミネーション企画の点灯式を空から応援してくれているようで感動しました。

ところで、大学祭の「美夜古」という名前ですが、大学が所在する地名からとったものです。日本書紀によると現在の福岡県京都郡は第12代景行天皇が熊襲征伐の際、この地に行宮を置いたことから都(みやこ)と呼ばれるようになりその表記に万葉仮名の美夜古が使われたことに由来しているそうです。近くに国府や国分寺跡もあり、この地が古墳時代から各種の困難や変革を乗り越えて続いている歴史を感じます。

コロナ禍を克服しても今までとは違う世界が待っています。どのような時代にあっても、力を合わせて共通の目標に向かって困難を克服する体験は重要です。

感染予防対策のためマスクをつけて三密を避ける配慮をしながら校門で検温して案内する学生たちを見ていると、大学祭をやり遂げた体験が次世代を乗り越える力に変化し、歴史が継続することを予感しました。

イルミネーション

イルミネーション

 


 

■Vol.27 2020年10月15日更新

これからの地方大学に求められていること

先日、「観光による地域づくり勉強会」に出席するため豊前市役所に行きました。本学は平成26年から5年間、地域コミュニティの中核的存在として地域課題の解決に貢献する地(知)の拠点事業いわゆるCOC事業に取り組んだ実績があります。そこで大学側から人口減少に悩む豊前市や豊前市観光協会に呼び掛け、産学官が連携して交流・転入人口を増やす勉強会を設けることを提案したのです。

豊前市は小倉から大分方向に約40km南にある人口約2万5千人の小さな市です。南に修験道で有名な求菩提山が控え北は周防灘に面する自然豊かな所です。近年は北部九州に立地する自動車産業向けの部品メーカーの立地も進んでいますが、人口減少と高齢化(36%)が悩みの地方都市です。

ところで「豊前」という名称は律令制に基づいた国名で7世紀後半から明治になるまで現在の福岡県東部から大分県北部に用いられたものです。まさに九州を構成する国名の1つです。江戸時代に譜代大名であった小笠原氏が治めていたこともあり、廃藩置県の際に大分県と福岡県とに分割され消滅した経緯があります。このため隣接する大分県中津市とは今でも深いつながりがあります。

勉強会には地元から観光協会、市役所、商工会議所の担当者に加えいろいろなボランティア活動をされている方々約20名が、大学からは4名が参加しました。まず私から、交通拠点性を無くして人口が激減した門司港を観光地化して活性化を目指している「門司港レトロ事業」の事例を紹介しました。次に豊前市で自慢できるものを皆さんから上げてもらい、どうすれば観光客を呼べるかフリーディスカッションを行いました。見どころは多いがとびぬけた名所がないこと、信心深い人が多く空き家のリノベーションを仏壇が邪魔していること、京築ヒノキという可能性ある素材があることなど多くの共通認識が出来ました。今後、専門が異なる先生方の参加も得て議論を深めたいと考えています。

 


 

■Vol.26 2020年10月1日更新

第4次産業革命をキャッチアップする

浦賀沖に現れた黒船(蒸気船)を見て諸外国との力の差を知った明治政府は殖産興業や富国強兵策を掲げて、お雇い外国人を招聘するとともに多くの若者を留学させて技術の修得と人材育成に努めキャッチアップに成功しました。産業の主体が農業から工業にシフトし人口が都市に集中するようになりました。20世紀に入るとアメリカやドイツが石油を使った内燃機関や有機化学を発展させて第2次産業革命を起こし大量生産時代を迎えます。ここでも出遅れた日本は戦後復興期に政府主導の重点産業を優遇する計画経済政策をとり、所得倍増計画を掲げて最新鋭の生産技術・設備をあえて導入しました。企業では協調性豊かな人材が全社を挙げて品質管理などに取り組むことで生産性を向上させ高度成長を実現しました。

しかし、冷戦終結後の1990年代になるとアメリカからインターネットやGPSなど軍事機密であった情報技術が民間に開放され第3次産業革命が始まります。音声や映像データがデジタル化されコンピュータ処理が可能になりました。2001年にアップルのiPodが登場するとソニーのウォークマンが危機に瀕しました。その後、iPhoneが登場し、今やスマートフォン無しの生活は考えられない社会になりました。このような中で高速インターネットやクラウドサービス、5Gなどのデジタル革新と人工知能の進化が相まってあらゆる部門でブレークスルーをおこす第4次産業革命が始まったのです。既にAmazonやUberなどのサービスも生まれています。

与えられた仕事を確実にこなす教育が主体であった日本では見本がない新たなデジタル社会の到来に苦戦し失われた30年とも言われています。この2周遅れの現実を前に政府は今回も人材育成でキャッチアップを目論んでいます。そこで教育界に「数理・データサイエンス・AI」といった基礎力に加え人間を中心に考えてAIを使いこなす創造力豊かな人材の育成が求められていますが、現場から見ると成功の鍵は土台となる教養教育ではないかと考えています。

 


 

■Vol.25 2020年9月16日更新

オンライン授業と対面授業の併用で考える

5月の連休明けに始まった前期授業は新型コロナウィルスの感染対策の遠隔授業の構築と運用で慌ただしく過ぎ去っていきました。教職員からは無事に遠隔授業を実施できたことの安堵の声や遠隔の方がうまくいった授業もあったなどという声も聞かれましたが、大学の対応に振り回されたのは他でもない学生たちです。京都情報大学院大学の土持ゲーリー法一教授は教育学術新聞の9月8日号に寄稿し「オンライン授業が教員から高い評価を受けていることと教育効率が良いことは別問題である」と指摘し「オンライン授業は授業で最も重要なフィードバックが欠如しており、教育の質の低下を危惧している」と述べています。

そこで本学では前期終了後に実施した教職員研修会で、オンライン授業で気づいた事例を各学科系から発表してもらいました。アンケート調査の結果画面が小さなスマホで授業を受けた学生の満足度が低かった事例や課題提出・試験の工夫などの報告があり、有意義な情報共有の場になりました。中でも感心したのは、遠隔授業は学生の目が疲れることに配慮して画面の背景や文字の色、大きさを工夫したという報告があったことです。改めて多様な視点で考えることの重要性を再認識しました。これらの報告を詳しく分析して現場にフィードバックし今後に生かしたいと考えています。

間もなく、後期授業が始まりますが、今期もウィズコロナでキャンパス内の学生数を定員の半数以下に抑えるため遠隔授業と対面授業との併用で進めます。現在先生方に遠隔授業導入後の教育ポートフォリオを作成してもらっていますが、今後、学生にも学修ポートフォリオを導入して授業デザインの見直しが出来ないかと考えています。各講義を遠隔か対面か二者択一で選択するのではなく、それぞれの良さを生かしたハイブリッド型で行うなどして学修成果を上げることが、学生や保護者の満足度を上げることにつながると考えています。

 


 

■Vol.24 2020年9月4日更新

Withコロナのデザイン

8月29日(土)朝6時半からRKB毎日放送「発掘ゼミ」で表題の番組が放映されました。本学情報デザイン学科の梶谷ゼミが「Withコロナ」の日常を自分ごととして、いかに楽しく過ごすかを形にしたプロセスを紹介した番組です。これまで「今までにない価値を創造し発信できる人材を育成するのが情報デザイン学科です」と説明しても何をやっているのか、なかなか伝えにくかったのですが、この番組では伝えたい内容の一端がうまく紹介されています。これまで経験したことがない「コロナ」という題材を使って、自分が楽しいか?快適か?などを判断基準に考えながら新しい日常の過ごし方を提案していく学生の生き生きした姿が印象的でした。

本学では工学とデザインの融合を掲げていますが、なかなか「その心は?」の部分が伝えにくかったのです。今回の放送で「With○○」というキーワードを使えばデザインの部分が明確になると感じました。それを形にするのが工学です。北九州市に本社があるTOTOの製品群に「融合」のいい事例があります。見た目のデザインだけでなく快適性や健康をキーワードにしてアクアオートや自動洗浄などの非接触技術が搭載された機種です。メジャーな例ではアップル社のiPhoneがあります。技術的に多機能を実現しただけでなくその洗練されたデザインや「自分ごと」の視点で設計されたタッチパネルやアプリは革新的でした。

日本は「With災害」列島です。本原稿を書いている今まさに、最強の台風10号が九州に近づいています。今や携帯電話はライフラインになっています。災害とどのように付き合っていくのかを考えたりするのも「工学とデザインの融合」の精神にピッタリです。

前例のない課題に対してこれまでとは違った多角的な視点から解決策を出すデザイン思考が出来る人材の育成。トライアンドエラーしながら大学一丸となって実現していこうと考えています。

 

紹介したテレビ番組はこちら

 


 

■Vol.23 2020年8月18日更新

文学って何だろう?

理工系の大学では、文章力をつけるために本を読むことは勧めていますが、意識してアクセスしないと「文学」に触れることはほとんどありません。海外では工学系の学生が第二専攻として創造性を育む文学を学ぶ例が多いと聞きました。そこで文学部ではどのようなことを学べるのか検索していると、元大阪大学文学部長金水敏氏の言葉に遭遇しました。「文学部の学問が本領を発揮するのは、人生の岐路に立ったときと考える。苦難に直面した時にその苦難を客観的に捉える事が出来る。その苦難から自由でいられる人間の人間として自由であるためには直面した問題を考え抜くしかない。その手がかりを与えてくれるのが文学」というもので、これまで思いもしなかった定義でとても腑に落ちました。

次にどのようにして本を読めば「文学」を体感できるか調べていて出会ったのが廣野由美子著「批評理論入門」(岩波新書)です。メアリー・シェリー著の怪奇小説「フランケンシュタイン」を読み解きながら小説の味わい方を解説した本です。これまで小説は面白いかどうかで判断していたのですが、読後は心の動きや時代背景なども意識して物語が立体的に見えるようになりました。これに味を占めて同著者の「ミステリーの人間学」(岩波新書)も続けて読みました。この本には読書を通じて直面した問題を考え抜く視点が示されていました。

何はともあれ、まずは皆さんに興味を持った本を手に取って欲しいのです。何を読めば良いか思いつかない人には地元の直木賞作家、葉室麟さんの小説を勧めます。少ない登場人物で地元が舞台になっている作品が多く、映画を見るように物語が進展するからです。例えば「秋月記」「無双の花」「銀漢の賦」「散り椿」などが手に取りやすいと思います。巣籠もり時間が増える中、「人生の岐路に立ったとき」に力を発揮するだけでなく、本の話で思わぬところで人間関係が繋がることもある文学に目を向けてみませんか。

 


 

[関連情報]