学長の部屋|ブログ|― 工学で「問いを立てる」

投稿者:西日本工業大学 第11代学長 片山憲一


 

■Vol.68 2022年6月14日更新

工学で「問いを立てる」

豊かさの源泉であった「成長」の前に地球の限界という壁が立ちふさがり、インターネットの普及や日進月歩の技術革新も相まって、勝ち組が一夜で負け組になるなど正解が無い時代になっています。このような予測困難な時代には、自ら問いを立てて新たな課題や独自の解を見出だす能力が重要になっています。

この「問いを立てる」とはどういうことかを理解する絶好の書を見つけました。播田安弘著「日本史サイエンス」(ブルーバックス)です。著者は歴史の専門家ではなく造船一筋のエンジニアです。この本には3つのエピソードがありますが、最初の「蒙古軍はなぜ一夜で撤退したのか」という話から筆者が得意とする造船技術を活かして仮説を立てて必要なデータを自ら揃えて検証し、筆者が納得できる解を得るプロセスが語られていきます。

蒙古軍は1274年の10月20日(旧暦)の朝、約900隻の軍船と約3万の兵力で博多湾に押し寄せたのですが、そもそも900隻の船を半年で作るのに木材をどのように調達したのかという問いをたてます。まず、流れの速い対馬海峡を渡海した船の大きさや形を仮定し必要とする材木量から森林面積を推理します。次に半年で900隻を作り上げるには毎日6万人の労力が必要なことを割り出し、マンパワーの観点からもこの数字は不可能と結論付けます。また、博多湾における船団の停泊地や上陸地はどこかなどについても得意とする船の技術から問いを立て科学的データをもとに検証します。

こうして、蒙古軍の上陸地は百道浜で、小舟での上陸に手間取り兵力の逐次投入となった。そこで日本騎馬軍団の奇襲を受けて想定外の被害を被ったため大宰府攻略を断念した。天候急変を警戒して撤退を始めたが、その夜の強い北風で遭難したという結論を得ます。

続編の「日本史サイエンス弐」も出ていますので、興味あるエピソードを見つけてください。どの項目を読んでも「問いを立てる」意味と自分なりの答えを出すプロセスを理解できると思います。

 


 

■Vol.67 2022年5月31日更新

電子顕微鏡で知る世界

人間の目で微小な2点を見分けることのできる最小の距離(分解能)は髪の毛の太さの0.1~0.2mmと言われています。これより細いものは顕微鏡などを使って調べます。中学時代に顕微鏡でミジンコなどを観察した記憶があると思います。この顕微鏡は光学顕微鏡と言って対物レンズと接眼レンズを使って試料の拡大像を見る仕組みで、可視光線の波長(400~800nm)や肉眼の分解能から0.2ミクロンの大きさが限界と言われています。最近テレビでよく見る新型コロナウィルス(約0.1ミクロン)は電子顕微鏡で捉えた映像です。

電子顕微鏡は可視光線よりはるかに波長が短い電子線を使うため0.2ナノメートルまで見分けることが可能です。おばせキャンパスには走査型と呼ばれる電子顕微鏡があります。走査型電子顕微鏡は、真空中で細く絞った電子線で試料表面を走査(スキャン)しその試料から出てくる2次電子の信号を検出してモニター上に試料表面の拡大像を映し出します。また、電子線を照射した際に出るエックス線を調べる装置をつければ試料の元素分析も行うことができます。

現在、工学部の機械系では金属の破断面を走査型電子顕微鏡で調べて、その破断状況や不純物の混入割合などを明らかにし、どのような原因で破断したのかを推測する授業を行っています。破断原因を推測できると、どうすれば破断を防げるかを考えられるからです。また、対象とする構造物が大きく電子顕微鏡とは無縁と思われる建築・土木分野でも、例えばコンクリート表面に付着した物質を調べて劣化要因のアルカリシリカゲルを見つけることなどに利用されています。
昨今ICTやAIの普及で需要が急増している半導体はナノレベルの精度が求められています。本学が目指している半導体デバイス分野の研究や教育においても走査型電子顕微鏡の出番が増えると考えています。皆さんも本学の走査型電子顕微鏡を使ってミクロなメカニズムを解明し新たな発見をしてみませんか。

1mm(ミリ)は1,000μm(ミクロン)、1ミクロンは1,000nm(ナノメートル)。1ナノメートルは百万分の1ミリです。

 


 

■Vol.66 2022年5月17日更新

身近な山にもこんな歴史が!

今年のゴールデンウィークは、おばせキャンパス近くの低山をトレッキングしました。キャンパスがある京都郡は、奈良時代に豊前国の国府が置かれるなど古代から開けたところです。近くを流れる小波瀬川沿いには、かつて草野津と呼ばれた港があり、そこから大宰府まで官道が通っていました。白村江の戦い(663年)に大敗した倭国は唐や新羅の侵攻を恐れ、7世紀末にこの官道を見渡せる御所ヶ岳(約247m)に山城を築きました。

4月30日、この御所ヶ岳から歩き始めました。行橋市の南西端にある登山口、御所ヶ谷住吉池公園から暫く登ると古代山城の中門と言われている神籠石に出会います。この山城を守った防人(さきもり)はどこから来たのか等と古代に思いを馳せながら歩いて山頂へ。山頂から眼下に広がる平野を眺めた後、北東に連なりその姿が鞍をおいた馬のように見える馬ヶ岳(216m)に足を伸ばしました。急な坂を下ってから尾根伝いに登りなおした山頂には942年に源経基によって築かれ、昨今は黒田官兵衛が居城したことで有名な馬ヶ岳城址がありました。城址からの眺めは最高で、北に平尾台、東に周防灘、南は遠くに由布岳を望め城主の気分に浸れます。

翌5月1日は自宅に近い門司の古城山(175m)を目指しました。豊前誌によると1185年に平知盛が家臣の紀井通資に命じて築いた城とされています。登山道の途中に源平合戦の説明板があり、頂上の城址から壇ノ浦を見下ろすと源平合戦の絵巻が浮かんできます。この門司城は苅田町の松山城と共に戦国時代に周防の大内氏と豊後の大友氏の攻防が何度もあった城です。

休養後の4日は京都郡と田川郡の郡境で秋月・田河街道を見下ろす障子ヶ岳(427m)にみやこ町側から登りました。この山にも足利尊氏の命で1336年に足利駿河守統が築城したとされる山城跡が残っており、豊臣秀吉の九州征伐の舞台になったという歴史を知りました。

古代から続く歴史が詰まった近くの低山、いずれも歩行距離は10km程度で所要時間は2時間半から3時間ですが、山歩きをしたという満足感も味わえます。

皆さんもいかがですか。

 


 

■Vol.65 2022年5月5日更新

共感力が身につく英文学

人の考えや感情を知り共感力を高めるには小説を読んで疑似体験することが有効と考えています。西工大が目指す人間力の原点は共感力です。そこで、今回はディケンズの小説「二都物語」(加賀山卓朗訳、新潮文庫)を紹介します。情景描写が上手く登場人物が生き生きと描写されていて共感できる言葉や行動が随所に出てきます。読み進むと人間力を高める共感力が自然に身につくはずです。

物語はフランス革命前後のパリとロンドンが舞台です。1775年11月末、無実の罪でバスティーユに投獄され記憶をなくしたマネット医師が解放されたとの知らせが英国に届きます。医師をロンドンに連れ帰る命を受けた銀行勤めのローリー氏が医師の娘ルーシーとドーバーで落ち合いパリに赴く場面から話が始まります。フランスの暴政を嫌い、爵位を捨てて英国に亡命したダーネイと酒浸りの弁護士カートンの二人がルーシーに思いを寄せています。ルーシーはダーネイと結婚するのですが、記憶を取り戻したマネット医師はダーネイになぜかフランス時代の過去を明かさないことを結婚の条件にします。幸せに暮らし始めたダーネイの許にフランス時代の使用人から「囚われの身になった。救えるのは貴方しかいない」という手紙を受け取り、内緒でパリへと出立します。しかしフランスは革命の嵐が吹き荒れ、亡命貴族のダーネイは囚われてしまいます。マネット父娘が救出に向かいますが時代の荒波に翻弄され身動きが取れません。紆余曲折の末、死刑宣告を受けたダーネイは救出されますが、カートンは身代わりとなって断頭台に散るのです・・・。

話の展開が早く伏線が随所に隠されていてハラハラどきどきの連続でサスペンス映画を見るように読み進めます。ただ、長編なので手が出ないと感じる人には同じ英国作家のシェイクスピアの作品群をお薦めします。有名な作品が多いので何を読めば良いか悩みますが、まず、ラム姉弟の「シェイクスピア物語」を手に取ると良いでしょう。

 


 

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